徒然の記

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2005年7月1日(金) 初夏の棚田

日本の棚田百選にも大阪府を代表して選ばれているのが能勢、長谷の棚田です。
画角が狭くてスケールの雄大さは表現されていませんが、雰囲気はわかっていただけると思います。
棚田は平地が少ない山間部にあって、先人の知恵と莫大な労働の結晶の形です。




2005年7月2日(土) 「ぽれぽれ」で微熱花暦展

能勢町の173号の栗栖の交差点はホームセンターのコメリ、ショッピングセンターのBOX、そしてローソンが各コーナーに陣取り、能勢町で一番多くの人が集まってくる場所です。
そのローソンの横に寺本さんが運営されている「ぽれぽれ」という絵本屋さんがあります。
そこで2日と3日、微熱花暦展が開かれています。


写真には入っていないが、アプローチには甕に草が無造作に生けられている。


重箱の中には花の写真を見た人の感想を書いたポストカードがたくさん入っている。


微熱花暦展は京都にお住まいの写真家、野寺夕子さんが撮影され色彩加工を施した花のポストカード、25種1250枚を展示したものです。
京阪神地区のいろいろな場所で、微熱花暦展がリレー的に開催されているそうです。
「ぽれぽれ」での展示は寺本さんと清水さんと山本さんがアイディアを出し合って、「重なりの向こう側」というテーマで展示されています。

まず入り口に小さな覘き穴「ノゾイテゴラン」から、室内をのぞくような仕組みになっています。
なるほど、『穴自体、よく見ると写真と写真が重なっています。その向こう側はどうなっているのだろう?』
最初に穴を持ってきたのは素晴らしいと感じます。
双眼鏡も望遠鏡も小さい穴から向こう側の世界をのぞくのです。



室内の展示スペースは5m×4mなのですが、いろいろな「重なりの向こう側」を感じました。
まずポストカードだけでなく、実物の植物の葉が美しい形で大量に生けられています。
まさにポストカードと、はかりあえるほどの葉の力です。
虚と実の重なりを意識させます。


正面右。


正面左。


室内はかすかなにおいのする香が焚かれ、水の音のCDが流されています。
大量に生けられた植物の葉は触覚を刺激します。
この空間は五感の重なりを意識させる仕組みになっていたのです。

耳を澄ますと、外の川の流れの音、鳥の声が聴こえてきます。
突然の激しい雨音。
太陽が出れば、窓辺のカーテンに外の植物の蔓が影を落とします。
実はこの空間は内と外の重なりを意識させる空間でもあったのです。


写真の上のカーテンに外の蔓が写る。


特筆すべきことをひとつ。
展示の小道具に「すだれ」を使ったことです。
すだれは、よしや竹を材料に加工したものです。
植物の生命をいったん絶っていますが、生命を持ったままそこにいます。
「すだれ」は写真(虚)と植物(実)の中間に位置していたのです。
展示空間が心地良かったのは、向こう側も垣間見せる、生命素材としての「すだれ」の力が大きかったのです。
すだれの調達には、しいたけ栽培家の小野さんが協力されたそうです。


凍れる生命と虚が重なる。


寺本さん、清水さん、山本さんの展示アイディアには感心しました。
紆余曲折があったと聞きます。最終的には見事なものができました。
花のポストカードの展示が、これほどの広がりと豊かさを持った展示空間をつくったことは驚異です。

私が感じた重なりのほかにもいろんな重なりがここには存在します。
ところで三人のテーマは「重なり」ではなく、「重なりの向こう側」です。
向こう側は、どうやら微熱花暦展に来られたひとりひとりに託されているようです。
向こう側をイメージし、考えることは深さでしょうか。

2005年7月5日(火) 柿の実

2週間前は小さかった柿の実も少し大きくなってきました。
柿の実に覆いかぶさるように見える4枚の厚手の葉っぱは、柿のヘタです。
ヘタは最初から大きいことがわかります。
実が大きくなるにつれて相対的にヘタは小さく見えてきます。
柿の実の生育にはこのヘタの役割は重要で、実はヘタで呼吸をしているそうです。
ヘタが4枚しっかり揃った立派なヘタを付けた実は大きく育つということです。



2005年7月6日(水) せみ

桜の幹にニイニイゼミがはりついていました。
メスのせみで鳴いてはいませんでしたが。
ニイニイゼミは人なつっこく、近づいてもなかなか逃げません。
服にとまって来ることもあります。
桜の木の肌とよくあいます。




2005年7月8日(金) 加守田章二

先日、京都国立近代美術館で開催されている加守田章二展に行ってきました。
昨年は八木一夫展が同美術館で開かれました。
今の陶芸界に大きな影響を与えた二人の陶芸家の生涯にわたる多くの作品を短期間の間に見ることができたのです。


加守田章二は1933年、昭和8年、岸和田で生まれています。
1983年、49歳で亡くなりました。
生存していると現在、73歳の計算になります。
八木一夫より15歳、年下です。

26歳で益子で陶芸家として独立します。
私が「いいなぁ」と感じたのは初期の作品に集中していました。
30歳から33歳位の間に作った穴窯で焼成した須恵器風の作品は造形といい、焼きといい、ピーンと張り詰めた緊張感がすがすがしさを運んでくれます。
資料によると、この頃、多くの哲学書を読み、特に老子の思想に感動したと記されています。
(以下の写真は同展覧会の図録より使用しています)


1966年(33歳) 穴窯、灰釉作品。


1966年(33歳) 穴窯、灰釉作品。高台が極めて小さく、口縁は鋭く、直線的な造形がこの頃の特徴。


34歳から手法が一転します。
須恵器風灰釉から土器風の作品に変わるのです。
この細工を施した土器風の肌合いが何ともいえない風情を漂わせているのです。
これらの作品は通称「イッテコイ」と言われる窯で焼成しています。
窯も作品の肌合いも変わりましたが、加守田のなかに流れるものは一貫しているのように思えます。
加守田とも親交のあった肥沼美智雄さんがこの作風の影響を受け、この世界を広げています。


1969年(36歳) イッテコイ焼成。肌合いに圧倒的存在感。


1969年36歳の年に岩手県の遠野に工房を築き、そこでも作陶をはじめます。
37歳の時、大量に作ったのがこの曲線彫文壺シリーズです。
どちらかというと、直線的造形が多かった作品に、曲線の要素が大きく入ってきました。


1970年(37歳) イッテコイ焼成。遠野で見たもの。


加守田の言葉に『自分の外に無限の宇宙を見る様に、自分の中にも無限の宇宙がある。』という一節があります。
加守田にとっての曲線とは、[自分の中の無限宇宙]のことです。
それは生命の根源を求める旅でもありました。
曲線=色彩=生命の源
加守田の造形に色彩が加わりました。
厳しさを求める加守田の精神が遠野で見たものは何だったのでしょうか?


1971年(38歳) 


以後、加守田の苦悩の旅が終生続いたように思えてなりません。
写真ではほとんど解りませんが、あれほど緊張感のあった作品が緩んでいるように見えるのです。
外の宇宙と内の宇宙の調和こそが行動指針であったはずが、ついに調和を見ず、閉じてしまったのでした。


1972年(39歳)


1975年(42歳) 内面の追求から見えた文様。


1976年(43歳) 図と地の関係で言うとすべてが図。

2005年7月11日(月) 雨上がり

このところよく雨が降ります。
止んだと思うと、しばらくすると、また降り出します。
昨日の草刈の続きの作業はあきらめました。

雨上がりの情景です。
今まで使っていたカメラがどうも調子が悪いので、前回から予備のカメラを使っています。
描写の特徴が違うので、少し情緒的な写真になっているようです。


裏山


いまだに蕨が出続ける


長時間、このままの姿勢を持続する。


何を考えているのか?


イトトンボと思っていたが、実はモノサシトンボと判明。藤岡さん、教えてくれてありがとう。


ハートの切り株。ちょっと一休み


セミとナメクジ


工房の入り口のヒノキ


青々としたヒノキの実

2005年7月13日(水) キノコ

雨がたくさん降ったせいか、キノコがやたら目に付きます。
このキノコはシンプルで美しい姿と規則正しいなかにも偶然性を宿した文様をしています。
なによりモノトーンがいいですね。




2005年7月14日(木) 畑に漁船が

めったに通らない道を車で走っていると、突然船が目に飛び込んできました。
「何だ?これは?」
漁船ではないか!
それも現役を退いて間もない感じです。
エンジンやスクリューは外してあるものの、海で活躍していた当時の雰囲気はまだ残しています。

陸に上がった漁船。
道路を岸壁、稲の緑を波に見立てると、稲穂の季節まではなかなかいい感じです。
その後は周囲とどんな関係になるのでしょうか?





2005年7月15日(金) コマツナギ(駒繋ぎ)

草のように見えて、実は木ということです。
また名前のコマツナギは茎に馬を繋いでも切れないほど丈夫なことに由来しているそうです。
愛らしい花を咲かせます。



2005年7月16日(土) 抜殻

セミの抜殻をよく見かけます。
この抜殻は土をよく被っていて土のなかでの生活を偲ばせます。


こちらは抜殻のすぐ傍で撮影した蝶です。
ベニシジミです。
鮮やかな色をしたきれいな蝶です。


2005年7月18日(月) キノコ?カビ?

キノコか、カビか、コケか、はっきりしませんが、枯れかかった木に生命が繁殖しています。
真っ白いのでコケではないでしょうが、近づいてみるとなかなか存在感があります。
小さいのがどんどん増殖していく勢いです。
どうなるのでしょうか?




2005年7月19日(火) タテハとジャノメ

日頃はあまり気にかけて見ることもない蝶ですが、止まっている蝶をそっと眺めると色彩と文様に特異の美しさを感じます。


目の模様が美しいヒメジャノメ。くすんだ茶色も渋い。



ウラギンヒョウモン。羽の裏側に銀色の斑点があるはずですが写真ではわかりにくい。


止まって羽を「閉じたり開いたり」を繰り返す。

2005年7月20日(水) わかさ

連日暑い日が続きます。
植物の成長の初期に見せる緑。
濃くなる前の緑は、暑い夏にあって、何かすがすがしさを感じさせてくれます。


クリの向こうは水田。



2005年7月21日(木) 樹液

クヌギの樹液に集まるカナブン。
穴の中まで身を乗り入れて懸命に樹液を吸っています。
中央の最も樹液の出ている付近にカナブンはいませんが、その特等席に撮影直前まで3匹のカナブンが群がっていました。


画面中央の穴から出ている白い粘っこい液体が樹液。虫たちの大好物。



2005年7月22日(金) 樹液に集まる虫たち

昨日の樹液の続きです。
違うクヌギを眺めていると、そこにも虫たちが集まっていました。
わずかな時間のなかにドラマを感じました。

登場する虫たち
オオスズメバチ…熊やマムシより怖い凶暴なハチ。我が物顔の振る舞い。
カナブン…………クヌギの樹液は自分の独占物と思い込んでいる。
アブ………………小さな虫の血を吸う吸血鬼だが、このなかでは分が悪い。
ハエ………………このなかでは最も弱い立場。
アリ、その他の小さい虫たち


ひとり悠々、樹液を吸うオオスズメバチ。左上から様子を伺うアブ。『早くどいてくれないかなぁ』


『おいしい。なんておいしいんだ。アリや小さい虫がうようよいるがいるが、お前たちも食べるがいい。』


下から少し顔を出しているのがハエ。カナブンも次第に近づいてくる。スズメは悠然と蜜を吸う。


『スズメの親分、おいしいところを私にも』『今日は気分がいいんだ。お前にも食べさせてやろう。』


ハエが様子を伺う。『今日はスズメとカナブン、仲がいいなぁ。喧嘩してくれたらいいのに。』


上からアブも用心深く、わずかに接近。『早く、どっか行ってくれないかなぁ。ハエの奴、あんな所に。』


満腹になったスズメは飛び去った。すかさず、その場所をアブが占領。ハエは我慢。


食べ続けるカナブン。『何でお前、ここに来たんだ。早く食べてとっとと行け。』『わかったよ。』


スズメが立ち去った後はカナブンの天下。なかなか他の虫たちを寄せ付けない。


わずか3分間の物語でした。

2005年7月23日(土) 大欅とアオバズク

昨年は数日の差で見ることのできなかったアオバズクに今年は会えました。
手持ちの望遠であまりうまく写っていませんが。


どこにいるか、わかりますか?


ちょっと、カメラを寄ってみました。


お父さんと3羽の雛が見えます。お母さんは全く別のところにいます。


真ん中がお父さん。


こちらはお母さん。


野間の大欅。国の天然記念物です。

2005年7月24日(日) ヒメウラナミジャノメ

5日前、ヒメジャノメを紹介しましたが、それに似たチョウをカメラに収めました。
今回は羽の表が写っています。
同じチョウかと思って調べてみますと、どうもヒメジャノメの文様とは違うようです。
更に調べると、ヒメウラナミジャノメと判明しました。


ヒメウラナミジャノメと判明。


こちらはヒメジャノメ。


2005年7月25日(月) バッタ

最近、このバッタが草刈の終わった平地を飛び回り始めました。
草のように細い体をした美しいバッタです。
オスはメスより一回り小さくて細く、キチキチといって飛ぶので「キチキチバッタ」と言っていますが、正式には「ショウリョウバッタ」と言います。
お盆の頃からよく見かけ出すためその名がついたそうです。
光を受けてきれいです。


2005年7月27日(水) オニヤンマ

工房の出入り口を開けっ放しにしておくとオニヤンマが高い確率で入ってきます。
オニヤンマには通り道があるようです。
オニヤンマには縄張りがあるといわれています。
オスの縄張り内にオスが侵入すると、攻撃して追い出そうとするそうです。

工房に侵入してきたオニヤンマ。
ガラスに何度も頭を打ち当てて、工房から出ることができません。
私が気がつけば、捕まえて、外に出してやりますが、気がつかないときはそこで死んでしまいます。何匹のヤンマが死んだことでしょう。
ということは、複数の違うヤンマが工房を通り道にしていたことになります。
縄張りは固定的なものでなく、めまぐるしく変化しているのでしょうか?


疲れ果ててグッタリ。


網を挟んで外と内は天国と地獄。

2005年7月29日(金) サトキマダラヒカゲ

羽の文様が複雑できれいなサトキマダラヒカゲというチョウです。
クヌギの大木にしばらく停まっていました。


2005年7月30日(土) 

大欅のアオバズクの家族は28日の火曜日に旅立ったということです。

工房から大欅の途上に名月峠という峠があります。
その峠を越したところに蓮田があります。
まだ開いた花は少ないのですが、ここだけは極楽浄土の涼しい風が漂っているようです。







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